みかんの花咲く丘中島みかん園 みかんの花咲く丘中島みかん園
お知らせ
極早生は売り切れました(2010.10.20)

宮川早生の予約を受け付けております(2010.10.20)


最終更新日 2010/10/20

収穫状況

各品種の在庫変動はこちらにアップしています。詳細はメールフォームにてお問合わせください。

極早生(ゴクワセ)

売り切れました(2010.10.20)

極早生温州

宮川早生(ミヤガワワセ)

11月から出荷予定です。

宮川早生

宮川早生01

南柑(ナンカン)20号

11月中旬から出荷予定です。

太田ポンカン

来年1月上旬から出荷予定です。

今津ポンカン

来年1月中旬から出荷予定です。

宮内いよかん

来年1月下旬から出荷予定です。

デコポン

来年2月から出荷予定です。

甘夏みかん

2月下旬ごろ収穫予定です。

宇和島屋

じゃこ天屋さんです。

宇和島屋


愛媛こだわり王国

宇和島産のギフトショップです。

こだわり王国

ようこそ

 中島みかん園のホームページにお越しいただき、誠にありがとうございます。
 当サイトは、みかん園の紹介を目的としており、インターネット・電話・ファックス等による販売は行っておりません。 右記の表示価格は、来園いただいた際の販売価格ですので、あらかじめご了承ください。


農園紹介

 当園は、愛媛県宇和島市の沿岸部に位置しており、年平均気温16〜17℃という四季を通じて温暖な気候と、宇和海(うわかい)からのやわらかい潮風とが、 毎年おいしいみかんをもたらしてくれています。
 みかん畑からは、青い海と有人無人の島々が望めます。

生産者紹介

生産者  中島家四代目の六三郎は、昭和24年生まれの団塊世代。
 高校卒業後、市役所に奉職。平成17年8月の市町村合併を機に早期退職して、セカンドライフをみかん作りに励んでいます。
 以前勤めに出ていた頃は、父母や家内が手入れをし、休みの日に主な作業を片付け、ご先祖様から受け継いだ農園を守ってきましたが、 いわゆる兼業農家でしたので限界がありました。
 しかし退職した今日は、専業農家としてみかん作りに情熱を注ぎ、持ち続けていたこだわりを実現できる喜びのもと、 毎日を楽しみながら大地の中で汗しています。
 最近では、より効率よくみかん作りができるように、農道の拡張や倉庫の建設、スプリンクラーの周辺農家との協同敷設等、これまでできなかった施設整備をかなりの経費を注ぎ込んで行いました。 次は何をしようか、考えるのも一つの楽しみです。

温暖な気候

宇和海から見た段々畑 宇和海に面した温暖な気候に恵まれた南予地方は、愛媛の果樹栽培の主産地として発展してきました。宇和海から見た一帯の段々畑は、山の斜面に沿って、麓から頂上まで続く壮大な景観をなしており、「耕して天に至る」と称される大果樹園が拡がります。その眺望は、宇和海沿岸のみで見られる貴重な風物詩となっています。

宇和海

宇和海  宇和海とは、愛媛県佐田岬半島の南から太平洋を望む高茂岬にかけての海域を言います。 長くて美しいリアス式海岸になっており、その地形を利用して鯛やハマチ、真珠の養殖が盛んです。画像手前の斜面に見えるオレンジ色の点々はみかんです。また、真ん中右から突き出ている半島は九島という島で、 一番奥は日本一長い半島の佐田岬半島です。風力発電のプロペラがあるのは分かりますか。

愛媛県宇和島市

愛媛県  宇和島市は、愛媛県西南部に位置しており、 北は西予市に、東は鬼北町・松野町、南は愛南町・高知県宿毛市・同県四万十市に接しています。

詳しくはこちら

台風の影響

 愛媛県、特に宇和島地方は台風銀座でして、毎年台風の通り道になりますが、みかんはリンゴや梨のように、 暴風で果実が落下することはほとんどありません。もちろん、その時期に青く実のついている極早生温州などには 傷がつく恐れはありますが、台風が続くことで最も影響を受けるのが、収穫量ではなく、肝心の「味」なのです。中島みかん園のみかんを一度でも食べたことがある方には 分かると思いますが、この辺りで収穫されるみかんは中袋が薄く味にコクがあります。なぜなら、南国の太陽の光が宇和海に反射して 段々畑のみかんを照らし、コクと柔らかさをもたらしてくれるからです。しかし、日照時間が不足し風雨に 耐えて育ってしまうと、中袋も外皮も分厚くなり、コクの無い水っぽい味の頑丈なみかんになってしまいます。
 多少の台風は恵みの雨をもたらしてはくれますが、何度も来て欲しくはないものです。




みかん園の沿革

愛媛県のみかんの歴史と、中島みかん園の沿革をご紹介します。

愛媛県のみかんの歴史

愛媛県旗  みかん生産県の中で、県旗・県花にみかんの花を採用しているのは愛媛県だけなんですよ。それだけ愛媛県とみかんとの関わりは深いんですね。
 愛媛県のみかん栽培の歴史は16世紀の前半、戦国時代にまでさかのぼります。大三島(現・今治市上浦町盛口)には樹齢200年の小みかんが、 同吉海町には樹齢300年の名駒みかんが、県の天然記念物に指定されています。 温州みかんは寛政5年(1793)に高知から、続いて慶応元年(1865)に兵庫県から、ともに北宇和郡立間村(現・宇和島市吉田町立間)に導入されました。 その後、明治10年(1877)ごろから南予地方一帯に広がり、同20年ごろからは県内各地で栽培がされるようになり、 南予地方の段々畑がみかんの一大産地を形成したのです。

中島みかん園の沿革

モノレールからトラックにみかんを移し替える  我が家の農地では、戦前まではサツマイモと麦の主食を栽培しており、併せて近海で、真珠養殖業と漁業を営んで生計を維持しておりました。 その後、戦後の混乱期を乗り越え、時代の流れと周辺のみかん景気の波にのってみかん園が誕生し、現在まで約60年続いています。周辺地域では120年前から 栽培が行われていたことを考えますと、歴史はまだ浅いほうです。
 栽培を開始した当初は、収穫したみかんを背負子や天秤棒を使って、みかん山の段々畑から海まで500mの道のりを人力で運び出し、宇和島の街中まで船で出荷していました。 その後、昭和40年頃から山に農道が開通し、現在のようにトラックで運び出せるようになりました。
ビニルハウスと山小屋  また、平地の畑や田んぼとは異なり、みかんの木が生い茂る段々畑では、段ごとに荷物を運ぶのに大変な労力を費やします。 そこで、昭和50年頃モノレールを敷設しました。現在ではモノレールはどの農家も使用していますが、当時モノレールを持っている農家は珍しかったと思います。
 ご先祖様から受け継いだ農地は80アールで、みかんの木は約1,000本ありますが、老木になったため、近年少しずつ苗木に植え替えています。


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